不倫慰謝料はゼロ?

author:弁護士法人AURA(アウラ)
New relationship concept. Love triangle. Young man falls in love with another woman

最高裁判所平成31年2月19日判決

インターネットで「不倫 慰謝料」という検索用語で検索すると、多くの弁護士事務所の広告が表示されます。そこには、「誰にもバレないように減額交渉します」などの謳い文句が表示されています。

例えば、夫A、妻B、第三者Cとして、夫Aが第三者C子と不倫したとします(あるいは、妻Bが第三者C男と不倫したとします)。妻B(または夫A)がC子(またはC男)に対して、慰謝料を請求できるのは当然でしょうか。

その昔、石田純一は、「不倫は文化」と発言し、バッシングされましたが、そこには、不倫に対する考え方の時代における変遷があります。

戦前までは刑法に姦通罪が存在しましたが、女性側の姦通とその相手となった男性のみが処罰されるという不平等なものでした。民法も刑法と歩調を合わせ、女性側の姦通は常に離婚原因となるが、男性側の姦通は姦通の相手として処罰された場合に限り離婚原因になるとされていました。戦後に現在の日本国憲法が制定され、「両性の本質的平等」が憲法上の基本理念としてうたわれることとなり、これらの条文は男女平等に反して違憲であることになったため、削除されました。

現在では、姦通は犯罪とはなりませんが、離婚原因とされ、男女平等にどちらの姦通も「不貞な行為」(民法770条1項1号)とされています。そのため、従来の裁判例では、不貞行為をしたC子は妻Bに対し、慰謝料の支払義務があるとされていました。ただし、妻Bに対し、不貞行為をしたのは、C子だけでなく夫Aも同様なので、夫BとC子は、妻Bに対し、共同で不法行為をしたものとして、夫BとC子は、妻Bに対し、慰謝料支払義務の連帯責任を負うものとされていました。

ところが、最高裁判所平成31年2月19日判決は、BとCの不倫によりAとBが離婚したケースについて、次のとおり判示しました。 「夫婦の一方は、他方と不貞行為に及んだ第三者に対し、当該第三者が、単に不貞行為に及ぶにとどまらず、当該夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情のない限り、離婚に伴う慰謝料を請求することはできない」と判示しました。

上記判決は、不貞行為による慰謝料と、離婚に伴う慰謝料を分け、Bは、原則として、離婚に伴う慰謝料を請求することはできないと判示した画期的なものです。その理由は後述しますが、この判決は、あくまでも不貞相手に対する離婚慰謝料についての判断を示したものであって、不貞慰謝料に関するこれまでの判例の考え方を変更するものではないと評されています。

しかしながら、本当にそうでしょうか。夫BとC子との不倫により、ABの夫婦関係が破綻し、離婚するに至ったにもかかわらず、妻Bは、離婚したことによる精神的苦痛を慰めるだけの金銭としての慰謝料を請求できない(C子は、前妻Bに対して慰謝料を支払う義務がない。)にもかかわらず、ABが離婚しない場合には、慰謝料を支払う義務があるというのは不自然さを感じるどころか、そのような支払義務を認めるのは、上記判例と矛盾するように思えます。

筆者(男)は、夫AとC子との不倫により、ABの夫婦関係が破綻し、離婚するに至った場合、C子は、Bに対し、離婚に伴う慰謝料はもとより、不貞行為による慰謝料を支払う義務などないというのが論理的な結論だと考えます。ただし、AがBに対して、不貞行為による慰謝料、離婚に伴う慰謝料の支払義務があるかどうかは別問題で、論理的には、いずれについても慰謝料の支払義務がある、いずれについても慰謝料の支払義務はない、不貞行為による慰謝料の支払義務はないが、離婚に伴う慰謝料の支払義務はある、という考え方に分かれるでしょう。

法律の条文を事実に当てはめると、論理的に(自動的に)正しい結論が導かれるのが理想的ではありますが、民法のような基本法の条文はあえて曖昧に規定されており、具体的事案を解決するために幅を持たせ、解釈の余地を残しておくことがあります。時に、最高裁判決中の法律解釈を述べた一般論は、法律の条文を書き換える効力を持ちます。

夫(あるいは妻)が不倫したとしても、その夫婦が離婚するかどうかは、夫婦間によりバラバラです。「不倫は男の甲斐性」などと豪語する妻はもはや存在しないでしょうが、「子はかすがい」とか、平均以上の生活費をもらっている、などの理由で、夫の浮気を黙認する妻も存在するでしょう。現実には、離婚するしないは、夫婦間のそれまでの複雑な関係により結論が分かれます。そのような夫婦間の関係(不倫以前の関係)にC子が関与する余地は物理的にも精神的にもありません。

筆者がC子(またはC男)の代理人となったケースは何件もありますが、かつては、慰謝料の支払義務を認め、その額を交渉していました。しかし、今は、そのような慰謝料支払義務はない、と主張しています。そのような主張を、訴訟では、次のようにしています。これは、地方裁判所で数十万円の慰謝料と探偵事務所への不倫調査費用の内数十万円が認められたため、高等裁判所に控訴したときの控訴理由書の抜粋です。近い将来、最高裁で筆者の主張が認められる日が来るのかどうかはわかりません。

とある事件の控訴理由書

原判決の法令解釈

「不貞行為を理由とする慰謝料請求につき、婚姻関係の破綻の有無や程度を考慮することは婚姻共同生活の平和の維持という権利または法的保護に値する利益の侵害の有無や程度を考慮することにほかならず、被告の主張は採用できない」

不貞慰謝料に関するこれまでの下級審裁判例では、不貞行為の結果、婚姻関係が破綻し、離婚するに至った場合においては、そのことを考慮することが多かったところ、原判決は、離婚に至らない場合であっても、「婚姻関係の破綻の有無や程度」を慰謝料の増額理由として考慮するというものである。

最高裁平成31年2月19日判決(民集73巻2号187頁)

「夫婦の一方は、他方と不貞行為に及んだ第三者に対し、当該第三者が、単に不貞行為に及ぶにとどまらず、当該夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情のない限り、離婚に伴う慰謝料を請求することはできない」

上記判決は、あくまでも不貞相手に対する離婚慰謝料についての判断を示したものであって、不貞慰謝料に関するこれまでの判例の考え方を変更するものではないと評される。

しかしながら、上記判決の考え方からすると、特段の事情がない限り、婚姻関係の破綻を慰謝料(損害)の増額理由として上乗せすることは許されない。

本件を、不貞行為の結果、婚姻関係が破綻したが、離婚するには至らなかった場合であるとする。婚姻関係の破綻は離婚理由になるのであって、離婚理由があるにもかかわらず、離婚しない夫婦の一方が不貞相手の第三者に対して、婚姻関係の破綻を理由とする慰謝料請求をすることができるのか。そもそも、不貞行為があったとしても、離婚しない場合には、婚姻関係の破綻はないと認定するべきなのか。

不貞行為があったからといって、婚姻関係が破綻するかどうか、さらには離婚に至るかどうかは、夫婦という二人の人間の間における人格の作用・反作用(相互作用)の繰り返しともいうべき無数の連鎖反応の結果であって、婚姻外の第三者である不貞相手は、通常は、そのような連鎖反応に対して影響を及ぼすことはできない。夫婦の一方が、他方と不貞行為に及んだ第三者に対し、特段の事情のない限り、離婚に伴う慰謝料を請求することはできないとの上記判決は、このような夫婦間の事情を前提としている。

離婚慰謝料の被侵害利益を「婚姻共同生活の平和(の維持)」としようと、これを「配偶者たる権利ないし地位」であるとしようと、これを喪失する場合(離婚)においてすら、特段の事情のない限り、離婚に伴う慰謝料を請求することができないのであれば、離婚に至らない場合に、慰謝料を請求することができるのは極めて例外的な事情のあるときに限られるべきである。そもそも、不貞行為により婚姻関係が破綻したが、離婚に至らない場合というのは、婚姻関係が破綻していないと評価すべきであり、そのような場合における慰謝料請求は、単なる嫉妬ないし怨恨によるものとして認められるべできではない。

不貞行為により婚姻関係が破綻するか否かは、本来的には、夫婦二人の間における人格の相互作用によるのであって、部外者である不貞行為の相手方は、通常、そのような夫婦間の人格問題に影響を及ぼすことはない。不貞行為によって、「配偶者たる権利ないし地位」を喪失する(離婚)か否か、あるいは、婚姻関係が破綻するか否かについては、必ず配偶者双方の自由意思が介在するのであって、不貞行為がなされたからといって他方配偶者の自由意思が影響を受けるということはなく、通常は、部外者である不貞行為の相手方は、離婚や夫婦関係の破綻に対して影響を及ぼすことはできない。

不貞行為があったからといって、婚姻関係が破綻するか否か、離婚に至るかどうかに対し、第三者が「配偶者たる権利ないし地位」を直接的に侵害することを観念しえない以上、婚姻関係が破綻したか否か、離婚に至ったかどうかは、通常は、第三者に対する慰謝料の増額事由とはなりえない。よって、原判決が、離婚に至らない場合に、「婚姻関係の破綻の有無や程度」を考慮するのは、法令解釈の誤りがある。

不貞行為

それでは、最高裁平成31年判決が判示する「不貞行為を理由とする不法行為責任を負うべき場合」とは、どのような場合か。

配偶者の不貞行為に基づいてその不貞の相手方に他方配偶者が慰謝料を請求できるかどうかについて、大審院の判例(大判明治36年10月1日刑録9 輯1425頁、大決大正15年7月20日)は戦前から第三者の不法行為責任を認めている。戦後の最高裁(最判昭和34年11月26日民集13巻12号1562頁、前掲最判昭和54年3月30日)も大審院判例の立場を踏襲している。

不貞行為の被侵害利益が何であるかについては、時代とともに変遷し、これを「貞操権」「貞操請求権」「配偶者たる権利ないし地位」「婚姻共同生活の平和(の維持)」など、どのような表現をするかは格別、第三者が夫婦生活(二人だけの生活)に対し、直接的に影響を及ぼすことは観念しえないから、夫婦の一方は、他方と不貞行為に及んだ第三者に対し、当該第三者が、当該夫婦の婚姻関係を破綻させ、離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦の婚姻関係を破綻させ、離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情のない限り、不貞行為自体による慰謝料を請求することはできないというべきである。

例えば、第三者から不貞をした配偶者を教唆・誘惑したり,配偶者の無知または意思薄弱を利用したりするなどして配偶者の貞操義務違反に積極的に加担することが必要である。逆に,配偶者の一方から積極的に誘惑し,誘惑された第三者はその人が既婚者であることを知らず,あるいは知らないことに過失がなかった場合は,不法行為責任を否定するのが妥当である。また,行為の悪質性の角度から見ると,不貞行為の態様が悪質である,あるいは重大な被害が起こされた場合には,第三者の不法行為責任を肯定すべきである。

このような解釈は、第三者の債権侵害により不法行為が成立するためには、害意が必要であるとの解釈と軌を一にするものである。

これを本件について見ると,被告の行為は,上記不法行為責任の成立要件を満たしていないから,被告の不貞行為自体を理由とする慰謝料請求も認められない。

(4) 現在の不貞訴訟において、不貞をした配偶者と不貞の相手方の共同不法行為を認めるにもかかわらず、不貞の相手方だけに不貞慰謝料を請求する事件がかなり多い。しかし、配偶者を許すのに、第三者だけを許さないのは不衡平であるばかりでなく、それは単なる嫉妬、怨恨によるものとして法的に保護する必要はない。不貞行為は、専ら夫婦間の問題として解決すべきであって、他方配偶者が、第三者に対し、不貞行為による慰謝料を請求し、これを認めることは、男女問題に対する過度の国家介入として現代社会においては許されるべきではない。法は、婚姻契約の当事者間についてだけ干渉すべきであり、法的責任が婚姻外の第三者に及ぶのは、第三者に害意がある場合に限られるべきである。

有責配偶者の離婚請求に関し、有責主義から破綻主義への変更の流れの中で、不貞慰謝料という有責性を評価すること自体に矛盾がある。

(5) 原判決は、第三者の不貞行為による「婚姻関係の破綻の有無や程度」を慰謝料の発生ないし増額理由としたり、不貞行為自体を慰謝料の発生理由としている点で、民法709条の解釈を誤っているから、取り消されるべきである。

まとめ

訴訟で主張する書面には、それなりの格調?が求められるので、一般の方には堅苦しく感じるでしょうが、要は、離婚(法律上の配偶者の地位を喪失したこと)に伴う慰謝料は、例外的事情がない限り認められない以上、離婚するつもりもないのに浮気相手に対して慰謝料を請求するのは、単なる嫉妬、恨み辛みによるものであって、そのような精神的苦痛は、法的保護には値せず、夫(妻)の浮気は夫婦間で解決すべき問題だ、ということです。

本件は、現在、とある高等裁判所に継続中ですが、控訴棄却となれば、最高裁判所に上告する予定です。果たして、結果はどうなるでしょうか。

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