
目次
はじめに
麻薬に関する単一条約(1961年採択,1964年批准)によると,大麻成分であるTHC(マリファナ)の産業用利用(非医療的使用・娯楽利用)は地球上から根絶されることになっていました。
しかし,違法な大麻市場は,特に青少年をターゲットにしたマーケティングにより繁栄する一方,大麻の所持者の処罰によって薬物問題の根絶を目指す懲罰的アプローチは、強烈な社会的反作用(烙印=スティグマ)があることから,大麻に関する科学的な知識を深める必要があるとの自覚の高まりともあいまって,現在では,懲罰的アプローチよりも科学的アプローチに舵を切る国が増えています。
タイは2022年6月に大麻栽培を合法化して以来,急速に「アジアのアムステルダム」へと変貌しつつあります。今回の自由化によって,コロナ後の新たな幕開けを象徴するかのように,タイは大麻栽培の全国展開によるグリーンラッシュを見込んでおり,日本からの大麻栽培の投資バブルとなっています。
タイでは,スーパーやコンビニで大麻成分を含んだドリンクが売られ,「大麻カフェ」が大盛況とのことです。
また,タイ政府は大麻草100万本を全土の農家に無料で配布し、産業用の栽培を奨励しています。
参考:CNN.co.jp : タイ政府、大麻草100万本を全土の世帯に無料配布
世界の流れ-規制緩和
麻薬単一条約は,芥子(ケシ)とともに大麻を最も危険な薬物である[付表Ⅳ]に分類していましたが,2020年12月2日,国連麻薬委員会は大麻を[付表Ⅳ]から除外し,ワンランク下げることを決定しました。
カナダ
カナダ(大麻の合法化と規制)は2018年10月に大麻を原則合法化し,18歳以上の成人は公共の場で大麻を最大30グラムまで所有ないしは共有することができるようになり,州の認可を受けた小売業者から大麻を購入すること,個人使用のために住居で最大4つの大麻株を栽培することなどが合法となっています(ただし18歳未満の者への販売や提供は14年以下の自由刑)。
ヨーロッパ(イギリス、オーストリア、ポルトガル)
ヨーロッパでも規制緩和が進んでいます。
- イギリスでは,少量の大麻所持または使用については,警察が口頭で「警告」を行うことがありますが,通常はそれ以上の法的措置は取られません。
- オーストリアでは,軽度の薬物犯に対して一時的な起訴停止が可能です。
- ポルトガルでは,少量の薬物を使用または所持している者を警察が発見した場合,処罰のためのルートとは異なった薬物依存防止委員会に送られます。
- ドイツでは,1990年代初頭から薬物非犯罪化の兆しが認められ,連邦レベルでは,1992年に麻薬法が改正され,検察官には大麻所持でも不起訴にする裁量が与えられました。警察は,個人の少量の薬物所持には積極的な対応を控えており,連邦憲法裁判所は,1994年に少量の大麻を所持または輸入した場合の刑事罰は違憲であるとの判決を下しています。「少量」の定義は各ラント(州)によって異なりますが,6グラムから15グラムの範囲内で設定されています。
このような傾向は,EU各国に広がっています。
引用:CNN.co.jp :「 欧州で広がる大麻合法化の動き、マルタはEU初の法案成立へ」
アメリカ
アメリカでも大麻規制緩和の動きは急速に広がっており,2012年以来,19の州とワシントンDCは,21歳以上の成人に限定して大麻を合法化しました。38の州とDCは,医療用大麻も合法化しています。アメリカ人の大多数は、医学的または娯楽的に大麻を合法的に利用できる状態にあります。

日本大使館のメッセージ
大麻が合法化された国の日本大使館では,日本人旅行者などに対して次のようなメッセージが流れています。
在カナダ日本大使館
注意喚起 (カナダにおける大麻製品の販売について) | 在カナダ日本国大使館
- カナダでは,大麻(マリファナ)及び大麻の有害成分を含む製品(食品の形状をしたものや肌に塗るタイプのもの等)の所持・使用が合法化されています。
- 2.一方,日本では大麻取締法において,大麻及びその製品の所持・譲受(購入を含む)等については違法とされ,処罰の対象となっています。
- 3.この規定は日本国内のみならず,海外において行われた場合であっても適用されることがあります。
- 4.在留邦人の皆様及び日本人旅行客の皆様におかれては,これら日本の法律を遵守の上,日本国外であっても大麻に手を出さないように十分注意願います。 5.合法的な大麻の流通販売は,宣伝が禁止されるなど,カナダ政府によって厳しく規制されていることから,旅行者が容易に購入できる状況にはありませんが,非合法的な大麻の販売も依然として存在していますので,十分注意願います。
在タイ日本大使館
- タイにおける大麻に関する規制については、2021年2月より,カンナビス及びヘンプの葉・茎・幹・根が第五種麻薬指定リストから除外され,医療,医薬品,健康食品及び化粧品等の商業利用やタイ当局に申請・許可を受けた方の医療目的の栽培等が可能となりました。なお,花及び種子は引き続き禁止指定されております。
- 日本では大麻取締法において,大麻及びその製品の所持・譲受(購入を含む)等については違法とされ,処罰の対象となっています。また,同法は国外犯処罰規定が適用され,タイを含む海外に居住する日本人が大麻の栽培,輸出入,所持,譲渡等を行った場合には,同様に処罰対象となることがあります。
- 非合法的な大麻やその他規制薬物等の所持や使用等により警察に拘束される事案も存在しておりますところ,在留邦人の皆様及び渡航者の皆様におかれましては,日本及びタイの法律を遵守された上,日本国外であっても安易に大麻に手を出さないように注意願います。
このようなメッセージは,それぞれ表現方法は違うものの,「当地では大麻が合法化されてはいるが,日本では大麻取締法によって大麻の購入や所持などが処罰されており,この法律には国外犯に関する規定があるため,大麻が合法な国での購入や所持などであっても処罰されることがある」という内容です。
それでは,「処罰されることがある」というのは,どういう意味でしょうか。どのような場合に,現地で合法であっても日本で処罰罰されるのでしょうか。言い換えれば,栽培,輸出入,所持,譲渡をしても,処罰されない場合があるのか,あるとしてそれはどのような場合なのでしょうか。
「刑法2条の例による」(国外犯規定)の意味
その国がいくら大麻を合法化したといっても,その国から日本に向けて大麻を発送したり,購入した大麻を日本に持ち込んだりした場合などは,行為地が日本国内であるため(国内犯),大麻取締法が適用されます。
ところで,大麻取締法第24条の8は、「第24条、第24条の2、第24条の4、第24条の6及び前条の罪は、刑法第2条の例に従う。」と規定しています。これは,国外犯(処罰)規定と呼ばれます。同条は、「この法律は、日本国外において次に掲げる罪を犯したすべての者に適用する。」として,内乱や通貨・有価証券偽造など日本国の存立そのものを危うくするような重大な犯罪行為を対象犯罪としています。日本人であろうと外国人であろうと,行為地が海外であろうと,すべての者に対して日本の刑法を適用するという規定です。同条の立法趣旨は,日本の存立そのものを守る(保護する)ことにあります。このような考えを保護主義と呼びます。
大麻取締法もこの条文に従うとすれば,大麻の栽培や所持が国外で行われたとしても,「すべての者」に対して大麻取締法が適用され,タイ人であっても処罰されるということになります。
ところで,特別法の中には,大麻取締法と同じように,「~の罪は、刑法第2条の例に従う。」と規定したものが多くあります。覚醒剤取締法やあへん法などの薬物犯罪を対象とする刑事法,航空機の強取等の処罰に関する法律[いわゆるハイジャック処罰法]など)がそれです。これらの法律が「刑法第2条の例に従う。」と規定しているのは,その犯罪が世界の多くの国家に共通する利益を侵害する犯罪(薬物犯罪,戦争犯罪,海賊やハイジャックなど)であるため,各国が協力してそのような行為を処罰することを目的としているからです。このような考え方を世界主義と呼びます。つまり,刑法2条は,保護主義と世界主義という2つの要請を兼ね備えているのです。
大麻取締法第24条の8は,平成3年に「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」(麻薬特例法)が制定されたことに関連し,同年の改正によって追加された条文であり,日本に大麻が蔓延することを防止し,かつ,薬物犯罪取締りについての国際協調などの必要性の下,海外での大麻所持その他の行為に罰則を適用する規定を設けたことになります。換言すれば,大麻取締法第24条の8に規定されている「刑法第2条の例に従う。」という趣旨は,大麻の取締りが国家を超えた共通の利益を有することから,日本は相手国と協調して大麻の取締りに当たるという決意の表明なのです。
しかし,そうだとすると,カナダやタイなどのように,大麻が合法化された国や地域との関係では,大麻を禁止することについて日本と当該国との間で共通の利益が存在しなくなったということになります。このことは大麻犯罪の国外犯規定の解釈にも影響を与えるはずです。
「みだりに」栽培・所持・輸出入
大麻取締法第24条の8が規定している犯罪は,大麻を「みだりに」栽培,所持,日本への輸入,外国への輸出する行為です。「みだりに」とは,違法性を意味する法律用語であり,日本国内であれば,日本の法令による除外事由がない(正当な理由がない)のに,という意味であり,国外であれば,その行為が行われた国の法令に違反し,かつ,その行為が日本で行われたとすれば,日本法にも違反するという意味です。
したがって,「みだりに」といえるためには、日本だけではなく、その国でも違法性を有し、処罰可能でなければなりません(植村立郎「大麻取締法」注解特別刑法5-II医事・薬事編(2)[第2版]VII、97頁)。 したがってまた,ある国が大麻の栽培や購入,所持などを合法化した場合には,その国の内部でそれらの行為が行われている限り,それらが日本の法律から見れば形式的に大麻取締法が規定している行為ではあっても,「みだりに」行われたものではないということになります。
このように解釈しないと,例えば,タイで合法な大麻ビジネスに携わっているタイ人が観光で日本を訪れ場合でも,彼らを空港で逮捕することが許されることになります。
それが不合理だとすれば(不合理でしょう),法改正によって「すべての者の国外犯」を「国民の国外犯」(刑法第3条)に変更すればよい(「刑法第3条の例に従う」)のではないかとも考えられます。刑法第3条は,放火や殺人などの重大犯罪について日本国民が海外で行った場合であっても,日本刑法の適用を可能としています。この考えを属人主義と呼びます。大麻についてもこれと同じようにするということですが,大麻が合法化されている国では,大麻所持等は犯罪ではなく,日本国の治安にも無関係です。
しかし,そうしたとしても,現在外国で合法な大麻ビジネスに従事している日本人も犯罪者となるので,彼らが帰国すると空港で逮捕されることになり,一生涯日本に帰国することはできなくなります。したがって,このような改正はナンセンスです。
「大麻使用罪」の創設
現行の大麻取締法に「大麻使用罪」は存在しませんが,仮に将来法改正がなされ(そのような法改正が検討されています),「大麻使用罪」が創設されたとしても,以上述べたことは変わりません。
薬物の「使用」とは,薬物をその用法に従って用いる一切の行為であり,大麻の場合は吸食行為(煙を吸引したり、口から体内に取り込んだりすること)です。多幸感を生じさせる大麻の成分はTHCと呼ばれる物質ですが,これは使用頻度によって体内における残留期間に数日から数十日と幅があります。
例えば,タイを出国する直前に大麻入りクッキーを食べた場合、帰国後に体内にTHCが残っている可能性が高いでしょう。THCは,血液や尿,唾液などから検出可能で,日本国内での検査で体内からTHCが検出されたとしても,それを(日本国内での)使用行為とすることはできません。
「医療用大麻」解禁へ 大麻取締法改正の方向性を厚生労働省が取りまとめ
結論
大麻を合法化した国で,現地の法律に従って合法に大麻を購入したり所持することは,大麻取締法の構成要件を満たしていないので,帰国後に大麻取締法で処罰されることはありません。したがって,日本大使館のメッセージは,刑法の解釈上誤りということになります。
刑事法は,国民に対して事前に処罰される行為を明確に規定していなければならないという罪刑法定主義の精神を基礎としていることからすれば,大麻取締法の国外犯規定について,曖昧な解釈を許すことはできません。
コロナ禍が収まれば海外旅行がまたブームになるし,タイで大麻栽培に投資する日本人に無用の混乱が生じないよう法改正を望みたいものです。
(参考サイト)
【タイ現地取材】① タイで 解禁!日本人向けの… 注意が必要!【小川泰平の事件考察室】
【タイ現地取材】② バンコク日本人街でオシャレな販売店! 28歳オーナーが語るタイの事情!【小川泰平の事件考察室】