父が亡くなった
私を含めた兄弟が相続人だと思っている
しかし,突如,『養子』と名乗る人が現れた
戸籍では,父が亡くなる数日前に養子縁組の届けがなされていた
父は亡くなる1か月ほど前から,意識がほとんどない状態だった
養子縁組は偽造だと思われる
目次
表見相続人は相続権がない
<表見相続人とは>
あ 表見相続人の意味
戸籍上は相続人として記載されている
実際には『相続権』がない
い 表見相続人の典型例
ア 相続欠格事由に該当する相続人
イ 被相続人に相続廃除された相続人
ウ 真実ではない出生届で子となった者いわゆる『藁の上からの養子』
エ 真実ではない認知届で子となった者
オ 無効な養子縁組・婚姻の届出で養子・配偶者となった者虚偽の戸籍(記載)があっても,法的な相続人には該当しません。
当然,相続権があることにはなりません。
実際には,紛争となり,一定の立証が必要となることもあります。
このような形式的な相続人のことを表見相続人と呼びます。
表見相続人への一定の返還請求ついては時間制限があります(後記『2』)。
戸籍の修正を行うためには,家庭裁判所の手続が必要
戸籍上,養子縁組が記載されている場合,役所に『誤っている』旨を指摘しても,戸籍を書き換える扱いはなされません。
家庭裁判所が内容を審理・判断して,判決を出せば,役所は判決内容に沿って戸籍を修正することになります。
家庭裁判所の具体的な手続きは,縁組無効確認の調停,審判,訴訟”ということになります(人事訴訟法2条3号)。
分類上,訴訟対象事件−特殊調停対象事件とされます。
この訴訟では,物理的・現実的に,養子縁組の手続きが適正に行われていなかった,ということを主張・立証することになります。
詳しくはこちら|家事事件(案件)の種類の分類(別表第1/2事件・一般/特殊調停)
表見相続人への返還請求は知ってから5年,相続から20年に制限される;相続回復請求権
表見相続人を戸籍から抹消するためには,一定の裁判手続が必要です。
例えば,養子縁組の無効確認訴訟などです。
実際に準備し,提訴→判決,という手続のために時間がかかります。
後回しにしているうちに長期間が経過した,ということもあります。
この点,表見相続人に対する遺産の返還請求については,時間制限が規定されています。
『相続回復請求権』,と呼ばれています。
<相続回復請求権の時間制限>
相続権が侵害された事実を知った時から5年間
相続開始から20年
※民法884条
『表見相続人』に該当しない→相続回復請求権の時間制限適用なし
<表見相続人|該当しない・典型的事例>
父が亡くなった
その後,特に血縁関係がない者が,遺産の一部の不動産を占有していた
返還請求について,相続回復請求権で5年という時間制限があるか
(1)相続回復請求権の時間制限の対象は表見相続人への請求だけ
相続の権利があるかないかについて,争いがある場合,が相続回復請求権が適用される典型です。
逆に,相続の権利がないということが明確であり,自ら承知していながら,遺産を占有する者については,相続回復請求権(の時間制限;民法884条)は適用されません。
相続回復請求権の時間制限により,このような不当な者を保護するのは,法律の趣旨に反する,と判断されています。
※最高裁昭和53年12月20日
そうすると,所有権に基づく返還請求,ということになりますので,時間制限は一切なし(無限)ということになります。
取得時効の完成は別問題
ただし,完全に無限ではありません。
占有者側に取得時効が完成している場合は,時効援用により,この占有者に所有権が生じます。
※民法162条
結果的に,本来の所有者(=相続人)が持っていた所有権は反射的に消滅することになります。
仮にこうなった場合は,当然ですが,相続人からの返還請求権は結果的に認められないことになります。
相続回復請求権は相続人同士にも適用されるが純粋な不法占拠には適用されない
<事例設定>
父が亡くなった
相続人は私と兄の2名だけである
遺産のうち,私が相続した不動産を兄が長期間占有したままである
返還請求の時間制限はあるのか
(1)共同相続人相互でも相続回復請求権の期間制限が適用される
相続回復請求権は,相続人同士,つまり,共同相続人に対しても適用されるかどうか,説が分かれていました。
この解釈については,最終的に,最高裁が判断を示すことにより,統一が図られました。
結論として共同相続人間でも適用されるということになっています。
※最高裁昭和53年12月20日
(2)法的根拠のない純粋な不法占拠には適用されない
ただし,あくまでも,特別受益や寄与分などにより,争いがある,という場合だけです。
特に法的な主張があるわけでもなく,単に他の相続人が承継した財産を不当に占拠しているというようなケースでは相続回復請求権は適用されません。
相続回復請求権の対象者=表見相続人の具体例
相続回復請求権については,相続人でないことを知っている者相続権があると誤信する合理的理由がない者については適用されません。
※最高裁昭和53年12月20日
逆に言えば,相続回復請求権が適用されるのは形式的には相続人という立場の者です(表見相続人)。
もう少し具体的に言えば戸籍上,相続人が該当する+事後的に(その戸籍が)無効とされた者ということになります。
具体例は次のとおりです。
<相続回復請求権の適用の有無>
あ 適用される者
(あ)表見相続人=相続人であるかのような外観を有している者
・藁の上からの養子(虚偽の嫡出子出生届)
・縁組無効・取消の当事者(養子)
・婚姻無効・取消の当事者(配偶者)
(い)共同相続人
い 適用されない者
・不法占有者
・共同相続人であるが法的根拠,権原のない占有
相続回復請求権の期間内は取得時効は成立しない
<事例設定>
父が亡くなった
私が相続した遺産の不動産を,不正な養子縁組で戸籍上形式的に『養子』となっている者が占有している
明渡(返還)を請求した
占有者は『取得時効が成立している』と主張してきた
結局,明渡は認められないのか
相続回復請求権の行使可能な期間(消滅時効完成まで)は,取得時効はシャットアウトされます。
取得時効が完成(援用)すれば,占有者が完全な所有権を得る→返還請求はできない,という発想があります。
しかし,この場合,逆に相続回復請求権の時間制限が無駄になってしまうという不合理もあります。
これに関し,裁判例では次のような解釈が取られました。
<相続回復請求権と取得時効が競合する場合の解釈>
あ 優劣|解釈論
相続回復請求権の時間制限の方が取得時効よりも優先
い 具体的な優劣関係
次の『ア』の期間内は『イ』が適用されない
ア 相続回復請求権の時効期間内※民法884条
イ 取得時効※民法162条
※大阪高裁平成15年11月26日
これは,相続回復請求権の適用対象,という前提です。
相続回復請求権が適用されない場合は,通常どおり,取得時効が適用されます(前記『3』)。
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