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立ち退き料(立退料)とは
立ち退き料(立退料)とは、賃貸物件の賃貸人が入居者に対し、退去してもらうのと引き換えに支払うお金のことです。立ち退き料には様々な性質があり、移転に要する費用の補償、営業補償、迷惑料などを含みます。 立ち退き料を算定するための法的根拠はなく、賃借人を退去させる賃貸人の「正当な事由」(借地借家法28条)と、賃借人の事情を比較することによって金額を決めます。賃貸人が賃借人に立ち退きを求めるための「正当な事由」を立ち退き料によって補完することによって、賃借人を退去させることができるというわけです。
立ち退き料の法的根拠
法律上、立ち退き料はどのように算出されるのでしょうか。実は、賃借人の権利として、立ち退き料を正面から認めた規定はありません。
立ち退き料は、借地借家法28条において、「正当事由」の考慮要素の一つとされているだけで、これを権利としては定めていません。
条文では、「解約の申し入れは・・・・財産上の給付をする旨の申し出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない」としか規定されておらず、賃借人に立ち退き料請求権を与える法律上の根拠はどこにも存在しません。
立ち退き料は、賃貸人が、何らかの理由により賃貸借契約を解約したい場合に、賃借人の協力を得るため、賃借人に提示する金銭なので、賃借人の「権利」として、賃借人の方から請求できる性質のものではありません。
例えば、賃借人が、賃貸人に対して、立ち退き料を支払えと裁判所に提訴したいと思っても、「立ち退き料請求権」を認める法的根拠がないので、その請求は棄却されます。
それにもかかわらず、賃借人が立ち退き料を請求する権利があるように思えるのは、借地借家法28条の規定があるため、無償で賃借人を立ち退かせることは現実には難しいからです。賃貸人としては、本来であれば立ち退き料など払いたくないでしょうが、早く賃借人を退去させるには、ある程度相手の納得する立ち退き料を支払うしかないのです。
できるだけ立ち退き料を払いたくないが早期に土地・建物を明け渡してもらいたい賃貸人、できるだけ高額の立ち退き料をもらいたい賃借人、この両者の思惑の交差点に、立ち退き料が発生するのです。
立ち退き料の算定方法
立ち退き料には法的根拠がないと述べましたが、賃貸人が一定の立ち退き料の支払いを提案しつつ賃借人に対して明渡訴訟を提起した場合、裁判所は、借地借家法28条を適用して、適切な立ち退き料の金額を算定して、引換給付判決を出さなければなりません。
※引換給付判決とは、裁判所が、賃借人に対して、「立ち退き料の支払いを受けるのと引き換えに、建物を明け渡せ」という特殊な判決をいいます。
多数の立ち退き事案の裁判例が蓄積することによって、立ち退き料の算定方法は、ある程度確立するようになりました。ここでは、比較的算定方法が単純な居住用賃貸物件の算定方法を紹介します。例えば、家賃10万円のマンションに住んでおり、100万円の立ち退き料が提示された場合、どのような計算がなされているのでしょうか。
建物を明け渡すために発生する費用
裁判例によると、最低限の立ち退き料として考慮されるのは次の費用です。
- 移転費用(引っ越し代)
- 新規契約のための仲介料、礼金
※敷金は全額返還されるという建前なので原則として含まれません。 ・前家賃との差額
※引っ越し代は、見積書の提出がなくとも、最低10万円は認定されることが多いようです。
前家賃との差額が認められる期間は1年~3年と言われており、立ち退き料以外の正当事由との兼ね合いで、補償年数が決まります。まず、引っ越し代の見積もりをとったところ、搬出する荷物の量や引っ越し先までの距離を踏まえて、15万円程度の見積書が発行された事案を想定します。
次に、新たな移転先との賃貸借契約を締結するため、仲介手数料12万円、礼金12万円、火災保険料1万円、退去時の敷引き12万円だったとします。
※「敷引き」とは、賃貸借契約の場面で退去時に敷金の一部を返還しない特約を付けることです。部屋の修繕費等の原状回復費用とは別です。
そして、新規契約した物件に入居する場合、毎月の家賃が、移転前の物件よりもプラス2万円になる場合を想定します。以上の経費を整理すると以下のとおりとなります。
- 引っ越し代:15万円
- 仲介料・礼金:24万円
- 火災保険料1万円
- 敷引き:12万円
- 前家賃との差額2万円が2年間分補償された場合:48万円
合計:100万円 この100万円という金額は、あくまで退去によって賃借人が被る経済的負担をゼロにするためのものにすぎません。賃借人は、本来であれば、退去の必要もなかったところ、賃貸人の都合によって退去するのですから、若干の上乗せもないのに退去に協力する気は起きないでしょう。 そこで、上乗せ分として慰謝料ないし見舞金名目での支払いが認められるのが通常です。上記具体例においては、最低限20万円程度の上乗せがされれば、120万円の立ち退き料が提示されるということになります。 以上のとおり、「立ち退き料100万円」という金額は、家賃10万円の場合の相場としては、一応妥当な金額と言えそうです。
賃貸人側:立ち退き料が減額される場合
賃貸人の正当事由
賃貸人の方からすれば、自分が貸している物件を返してもらうのに、100万円近い立ち退き料を賃借人に支払わなければならないことに驚かれるかもしれません。賃借人にはすぐに退去して欲しいのに、100万円もの現金がないなら、立ち退きができず途方に暮れるでしょう。 しかしながら、賃借人を退去させるにあたり、必ずしも高額な立ち退き料を支払わなければならないものではなく、工夫次第で立ち退き料を減額することも可能です。立ち退き料の計算方法は、あくまで賃貸人側の「正当事由」が一定程度認められるものの、基本的には正当事由が足りないという場合を前提としています。 もちろん、賃貸人に正当事由が認められるのであれば、立ち退き料を大きく減額することも可能です。 賃貸人側に正当事由が強いほど、上乗せ分は減額されるので、賃貸人側の正当事由が賃借人よりも明らかに優越しているのであれば、立ち退き料無しで退去を強制することも理論的には可能です。例えば、建物が老朽化し、居住するには危険である場合です。 また、法的な部分を離れて、賃借人の心情を踏まえますと、立ち退きの協力を求めるだけのやむを得ない事情があった方が、賃借人の理解を得やすく、立ち退き交渉もスムーズになります。 逆に、一方的に退去を強制しては、賃借人の反感を買うだけで結果的に高額な立ち退き料が必要になる危険が高くなります。もちろん、そのような方法をとって上手くいくこともありますが、具体的に退去を求めるだけのやむを得ない事情を考えておくだけでも、交渉が難航するリスクを大きく減らすことができるのです。 賃貸人の正当事由を基礎づける具体例として、たとえば、建物が相当老朽化していること、家族の介護が必要であること、賃借人のために代替物件の手配をすることなどが考えられます。
賃借人の正当事由
いくら賃貸人の正当事由を主張しても、賃借人の正当事由が同程度あるなら、立ち退き料を大きく減額することは難しいといえます。 しかし、賃借人の正当事由を否定する事情があるなら、それは立ち退き料の交渉において大きな要素になるでしょう。すなわち、賃借人において、賃料の不払いがあること、用法違反が認められることなどが考えられます。 賃料の不払いや用法違反は、契約違反(債務不履行)ですから、本来、賃貸借契約を解除する理由となりえますが、不払いが1~2度あっただけだとか,用法違反の程度が軽微である場合は、即解除はできません。しかし、即解除の理由とはならなくても、賃貸人としては、正当事由の判断要素として使うことができます。 また、賃借人において、そもそも賃貸建物にほとんど住んでいないといった事情も、賃借人の正当事由を否定する要素として使われています。
現実
「正当事由」の説明をしましたが、実際には、賃貸人の正当事由が明らかに賃借人よりも優越しているという事案はめったにありません。そのため多くの事案において、賃貸人は、まとまった立ち退き料を用意しておく必要があります。 しかしながら、どのような賃貸人も、常に潤沢な資金を用意できるわけではありません。立ち退きを求めたいものの、全く立ち退き料を支払えないという賃貸人の方もいるでしょう。このような場合、あえて賃料を受け取らないで、賃借人が賃料を支払わなかった事実を作ったり,賃借人が自発的に出ていきたいと思わせるように、賃貸人においてあの手、この手を使い(賃借人が早く出ていきたいという心理にさせるため、物件の管理・清掃などの質を落とすという対応)、退去を求める事案もみられます。 具体的には、賃貸人において、賃借人が早く出ていきたいという心理にさせるため、物件の管理・清掃などの しかし、賃貸人には、賃借人が建物を使用できるようにする義務があるので、場合によっては債務不履行による損害賠償請求をされるリスクがあります。
賃借人側:立ち退き料が増額される場合
立ち退き料を加算する要素
賃貸人から立ち退き料として100万円を提示されたものの、賃借人が退去するにはまだまだ足りないという場合、別途発生した経費や費用を計上することにより、さらに立ち退き料の金額を増加させることもできます。 既に説明した算定方法は、ほぼ全ての事案で発生する費用を取り上げただけで、実際には、それ以外にも様々な費用や出費が生じます(発生する可能性があるものも含め)。例えば、新たに物件を借りたばかりなのに、いきなり退去を求められたり、更新したばかりなのに、いきなり退去を求められた場合などです。 多額の費用を費やして、新しい物件に引っ越し、新生活が始まったところに、急な退去要求となれば、賃借人が被る経済的・心理的負担は相当なものです。 契約直後、更新直後の場合、礼金・更新料、火災保険などの費用を支払ったばかりのはずですから、十分な補償を求めたいと考えるのも当然でしょう。 例えば、自身が高齢者であるため引っ越しすること自体が難しい場合、同居の家族が複数おり代替物件を見つけることが難しいといった事情です。 このような事案においては、家賃差額の部分の上乗せであったり、引越しのためのバリアフリー工事の費用だけでなく、慰謝料・見舞金名目での増額が認められやすい傾向にあります。 前述の事例で、契約直後であった場合、現在の賃貸借契約をするために負担した引っ越し代15万円、仲介料10万円、礼金10万円、敷引き10万円,火災保険料1万円であった場合(合計46万円)、「迷惑料」として30万円ないし40万円が上乗せされれば,立ち退き料は、196万円ないし206万円となります。
賃貸人の予算
賃借人が立ち退き料の交渉を行う場合において、賃貸人が立ち退きのためにどの程度の予算を考えているのかも重要な指標になります。 結局のところ、賃貸人に経済力がなければ、裁判所から適正な金額が示されたとしても、賃貸人においてその金額を支払うことができないからです。 他方、賃貸人が大手のデベロッパーなど、資金が潤沢にある場合などは、立ち退き料を支払えないという問題が起きないので、安心して交渉を進めることができます。 特に、賃貸人において、賃貸物件を取り壊して、再開発を狙っている場合、賃貸人は再開発によって莫大な利益を受けることができるので、その分配を予め受けるための上乗せ分を要求することは多々あります。
賃借人のタブー(やってはいけない)
賃借人の立場で、立ち退き料の交渉をするためには、賃料不払いなどの債務不履行をしてはなりません。 賃貸人が、賃貸借契約を終了させる手段としては、更新拒絶と債務不履行解除があります。後者の債務不履行解除が認められる場合には、一切、立ち退き料の補償を受けることができなくなります。 また、立ち退き料が支払われる前、あるいは立ち退き料の支払い合意をする前に、賃貸物件を明け渡してしまうと、立ち退き料の補償を受けることができなくなります。立ち退き料は、賃貸人が、自己の都合で賃貸借契約を解除したい場合に、賃借人の協力を得るため、賃貸人からやむなく提示される金銭であって、賃借人には、立ち退き料を請求する権利は存在しません。 そもそも、賃借人には立ち退き料を請求できる権利がないし、立ち退き料の支払い合意すらせず、先に賃貸物件を明け渡した後になっては、賃貸人には、もはや立ち退き料を支払う動機がありません。
まとめ
賃貸人と賃借人のそれぞれが、自身の利益を追求し続けてしまえば、交渉は上手くいきませんので、バランス感覚をもって主張することが大切です。立ち退き料100万円を増やすも減らすも、当事者の交渉次第です。より専門的な解説は以下のサイトをご覧ください。 参考サイト 株式会社ユニオンリサーチ:民間ビル建替えに伴う立退き補償
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