平成30年改正前の遺留分減殺請求に対する価額弁償の抗弁(行使方法・時期)

author:弁護士法人AURA(アウラ)
内縁関係と認められないカップル

価額弁償の抗弁

遺留分減殺請求の結果,共有になってしまうと,その後にも対立(紛争)が続くということがよくあります。共有になってしまうことを避ける方法として,価額弁償の抗弁があります。

平成30年改正前の条文規定

価額弁償の抗弁は改正前の民法の1041条に規定されています。最初に条文を押さえておきます。

<平成30年改正前民法1041条>

1 受贈者及び受遺者は,減殺を受けるべき限度において,贈与又は遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償して返還の義務を免れることができる。
2 前項の規定は,前条第1項ただし書の場合について準用する。

3 価額弁償の抗弁が可能な減殺の対象(改正前)

遺留分減殺請求がなされたら,どんな場合でも価額弁償の抗弁が使えるわけではありません。割合的な減殺,つまり指定相続分の修正という効果しか生じないケースでは価額弁償の抗弁は使えません。逆にそれ以外の場合には価額弁償の抗弁を利用することができます。以下,価額弁償の抗弁が可能な状況を前提として説明します。

<価額弁償の抗弁が可能な減殺の対象(改正前)>

あ 割合的な減殺請求(前提)

相続分の指定遺言,割合的包括遺贈,割合的相続させる遺言について遺留分減殺がなされた場合
(指定)相続分の割合が修正されるにとどまり,遺留分権利者に帰属する権利は遺産性を失わない(遺産共有のままである)
詳しくはこちら|遺留分減殺請求(平成30年改正前)の後の共有の性質と分割手続

い 割合的減殺に対する価額弁償の抗弁の可否(否定)

『あ』に対して遺留分減殺請求がなされた場合
遺留分減殺請求の相手方(被減殺者)からの価額弁償の抗弁は認められない
※床谷文雄=犬伏 由子『現代相続法』有斐閣2010年p276
※岡口基一著『要件事実マニュアル 第5巻 第5版』ぎょうせい2017年p671

う 価額弁償の抗弁が可能な場合

『あ』以外について遺留分減殺がなされた場合,価額弁償の抗弁を用いることができる

価額弁償の抗弁の行使方法

価額弁償の抗弁を用いる方法は,遺留分権利者に対する意思表示です。実務では証拠にするために内容証明郵便による通知(書)を用います。意思表示を受けた遺留分権利者がこれを許否することはできません。
ただし,意思表示だけでは不完全で,さらに弁償金(金銭)を支払う,または弁済の提供をすることで完全になります。

<価額弁償の抗弁の行使方法>

あ 受遺者・受贈者による行使方法

受遺者または受贈者が遺留分権利者に対し,価額の弁償をすべき旨の意思表示をする
現物返還の義務を免れるためには,受遺者において遺留分権利者に対し価額弁償の現実の履行または弁済の提供をしなければならない
単に価額の弁償をすべき旨の意思表示をしただけでは現物返還義務は消滅しない
※最判昭和54年7月10日
※東京高判昭和60年9月26日

い 遺留分権利者による弁償金請求との関係(概要)

価額弁償の抗弁の意思表示がなされ,かつ,遺留分権利者が価額弁償金の請求をした場合
→現物返還義務は消滅する
詳しくはこちら|遺留分減殺請求(平成30年改正前)に対する価額弁償の抗弁の効果

価額弁償の抗弁を主張できる時期(終期)

価額弁償の抗弁は,遺留分減殺請求に対して行われるものですが,いつまでに行う必要があるのか,という問題があります。遺留分権利者が現物の返還を受けたら,もう価額弁償の抗弁はできません。
では遺留分権利者が提起した現物返還を求める訴訟で,これを認める判決が確定した場合はどうでしょうか。判決確定後に価額弁償の抗弁を主張することを認める裁判例と,否定する裁判例があります。

<価額弁償の抗弁を主張できる時期(終期)>

あ 一般的な基準

遺留分権利者が遺留分を回復するまでは,価額弁償の抗弁を主張することができる
※東京高判昭和59年11月14日

い 遺留分の判決確定後の行使を肯定する裁判例

遺留分権利者に対し不動産の現物返還を命じる判決が確定した後であっても,受遺者はその価額を弁償することによって現物返還義務を免れることができる
※東京高判昭和60年9月26日

う 遺留分の判決確定後の行使を否定する裁判例・見解

ア 裁判例現物返還請求を認める判決確定時までに価額弁償の抗弁を主張をしなければ現物返還義務を免れない
※名古屋地判平成3年8月12日
イ 学説遺留分減殺請求の訴訟の後に価額弁償をすることは紛争の蒸し返しになるという問題点の指摘がある
※矢尾和子『遺留分減殺の効力と価額弁償』/『判例タイムズ臨時増刊1100号』2002年p501

目的物の処分後の価額弁償の抗弁(否定)

受遺者や受贈者が目的物を譲渡するなど処分した場合,その後に価額弁償の抗弁を主張することは否定されています。結果的に損害賠償責任が残る(認められる)状態となります。

<目的物の処分後の価額弁償の抗弁(否定)>

あ 価額弁償の抗弁の可否

遺留分権利者が遺留分減殺請求をした後に,受贈者・受遺者が目的物を譲渡(処分)した場合
→民法1041条(改正前)は適用されない
→価額弁償の抗弁を主張することはできない
※大阪高判昭和49年12月19日
※神戸地判平成3年10月23日

い 不法行為責任・不当利得(参考)

受贈者・受遺者は不法行為または不当利得の責任を負う
詳しくはこちら|遺留分減殺後の受贈者・受遺者による譲渡(第三者保護)(平成30年改正前)

遺留分権利者からの価額弁償の請求(否定)

遺留分権利者の方で,現物(共有持分)をもらうよりも金銭をもらった方がよい,と考えることはよくあります。そこで,遺留分権利者の方から価額弁償の抗弁を主張するという発想が生じます。しかしこれは否定されています。

<遺留分権利者からの価額弁償の請求(否定)>

あ 遺留分権利者からの価格弁償の請求

受贈者または受遺者から価額弁償の抗弁が提出されていない場合には,遺留分権利者の方で,受遺者に対して特定物の現物返還に代えて価額弁償を請求することはできない
=価額弁償の選択権は受贈者または受遺者にある
※名古屋高判平成6年1月27日
※東京高裁昭和60年9月26日

い 受遺者による価格弁償の主張後の弁償金請求(参考)

受遺者・受贈者が価格弁償の抗弁を主張した後に,遺留分権利者が価格弁償金の請求をした場合
→価格弁償の効果が確定的に生じる(現物返還請求権は消滅する)
詳しくはこちら|遺留分減殺請求(平成30年改正前)に対する価額弁償の抗弁の効果

遺言による価額弁償の指定(無効)

価格弁償の抗弁は,遺留分減殺請求によって共有の状態が生じるのを回避する有用な手段(制度)です。では,最初から遺言に価格弁償をするよう指定しておくという発想が生じます。実際に遺言を作成する時にそのような文言を入れる例もあります。
しかし,そのような遺言(の条項)には法的効果はありません。
もちろん,実際にこの遺言を目にした相続人が,故人の意向を尊重して,価格弁償の抗弁を主張する方向に働くという意味で,精神的な効果はあります。
このような条項に限らず,一般的に,法的には無効であること分かりつつ,遺言に記載することはよくあります。
詳しくはこちら|遺言のメリットとウィークポイント(無効リスク・遺留分との関係)

価格弁償の抗弁の効果(概要)

価格弁償の抗弁を主張した場合,現物を返還せずに弁償金を支払えば済むようになります。ただ,正確にはそのように単純ではありません。現物返還義務が消滅する時期などの効果の内容については別の記事で説明しています。
詳しくはこちら|遺留分減殺請求(平成30年改正前)に対する価額弁償の抗弁の効果

価額弁償の抗弁と全面的価格賠償(共有物分割)の関係(概要)

以上のように,遺留分減殺請求によって共有となることを回避する手段として,価額弁償の抗弁が機能しますが,これ以外に(共有物分割の)全面的価格賠償もあります。遺留分減殺請求によって生じた共有のケースでは,全面的価格賠償が認められやすいです。遺留分減殺請求を受けた者としては,共有を回避するチャンスが2回ある,ということもできます。
詳しくはこちら|遺留分減殺請求・価額弁償と全面的価格賠償(共有物分割)の関係

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